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1.  偉大なトレーダーに学ぶ1  「リチャード・デニス」  Richard Dennis

リチャード・デニスのトレーダーとしての始まりは、10代のときだった。
シカゴの取引所に近いところで生まれ育ち、
ピザ宅配のバイトでためた400ドルを元手に、始めたのだ。

1968年、1969年、もちろん、彼は、未成年であったため、
父親にシグナルを送るという手段で、トレードをしていた。
そのように、熱心に行っていたにもかかわらず、
いつも損をしていて、数千ドルくらいの損を出していたらしい。

1970年、夏だけトレードする計画で、ニューオーリンズのチューレーン大学の大学院に行ったが、
3ヶ月で3000ドルという利益があまりに印象的であったため、
つまりは、私たち同様、市場に魅せられたため、
1週間くらいしかもたず、シカゴに戻ってしまった。
そのころ、特にやられた日があり、いきなり彼の3000ドルの手持ち資金のうち、300ドルもやられてしまった。
その大きな損失から不安定な精神状態になってしまい、ポジションを何度もひっくりかえし、
引けまでに手持ち資金の3分の1にあたる、1000ドルをふっ飛ばしてしまった。※

その後、様々なことを学んだ後、1973年、ミッド・アメリカ取引所の大豆相場において、
非常に大きく稼ぎ、シカゴ商品取引所へ行き、稼いでいくことになる。
そして、1984年高校時代からの友人、ウィリアム・エックハート(William Eckhardt)と、
「成功するトレーダーに、訓練でなれるのか、才能が必要なのか」という議論から、
伝説的なトレーダー養成プログラム「タートルズ」を開始。
彼は、はじめの400ドルを2億ドル近くにしてしまっていた。

しかし1988年、彼は、何百万ドルもの損失を彼と彼の顧客の口座で出し、ファンドの運用を休止してしまう。
だが再び1994年、彼はメカニカルなコンピューターによるトレードシステムとともに帰ってきた。
1995年、108%、1996年に112%の利益を上げ、
1996年、"Futures and Options World Magazine"における、トップ10ファンドマネジャーランキングで第4位を獲得した。
だが、2000年秋、ドローダウンを経験した後、顧客のための運用を止めた。
彼の全体のパフォーマンスとして、年間複利リターン26.9%(手数料控除済み)を上げたことになる。

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※レベルは低いが、私も同じような経験はある。
もしかしたら、あなたもあるのではないだろうか。
大きな損失は、精神的にひどく負担をかけることになる。
デニス曰く、「不安定になるほどの損失が出た場合、フロアを離れ、
家に帰って昼寝するなり何なりして、次のトレードの決断をするまで、少し時間をあけるということを学んだ。」
つまりは、精神的に負担がかかって不安定な状態になったら、「頭を冷やせ」ということだと思う。

彼のトレード手法は、トレンドフォローであるようだ。
トレンドフォローは、とても力強いアプローチであると思う。
なぜなら、大きな流れというものは、いつの時代も発生するからだ。
バブル、その後に起こる崩壊、の一連のプロセスも、トレンドを伴うものである。
「買おう」という人が、集まれば、上昇し、その上昇につられてまた、「買おう」という人が集まる。
そうして、トレンドは起きていく。
であるから、トレンドフォローは様々なかたちで、(そのかたちによって効果は薄れるかもしれないが、)
力を持ち続ける、強力なコンセプトであろう。

参考文献:「マーケットの魔術師」、「トレンドフォロー入門」

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